
ようやく青空の下で写真を撮れる日がやってきた。
雨にも曇りにも、それぞれの良さはあると思うが、ここ最近は梅雨の時期ということもあり、曇天の下で撮ることが続いていたので、次にフィルムを詰めるなら、どうしても青空の下を歩きたかった。
もちろんフィルム1本36枚では足りないが、昨今のフィルム価格を考えれば、その日のうちに何本も撮り切ってしまうのは財布に酷である。
そんなわけで、この日はフィルムとデジタルの二刀流で横浜へ向かった。
目的は、ダイヤモンド・プリンセスの見送りだ。
豪華客船を見るたび、その大きさや美しさには毎回圧倒される。
しかし、不思議なもので、何年も港へ通ううちに、私の目は少しずつ船以外にも向くようになってきた。
華やかな船を裏側で支える人たち。
港町を歩く人たち。
出港を見送る人たち。
巨大な船が何事もなく港を離れていく背景には、実に多くの人がいて、その一人ひとりが目の前の景色を形作っていく。
豪華客船は確かに主役だろう。
事実、青空の下で眺めるダイヤモンド・プリンセスはとても美しかった。彼女を主役と言わずしてなんと言おう。
しかし、その主役を引き立てる脇役たちがいるからこそ、『港』という舞台、『出港』という演目は完成するのだ。
そんなことを考えながらシャッターを切る私も、誰かの写真の背景として登場し、港という舞台を作る脇役の一人になっているのかもしれない。






